奪い合うか、分け合うか、時には奪いに行くことも
不動産実務も長くなると多くの問題に直面し、経験を積み、いろんな知識、知恵が蓄積されてきます。皆が頭を悩ます問題というもののほとんどは、人と人との感情のもつれ、行き違いと言っても過言ではありません。
相続の問題、近隣の問題、借地借家の問題などの合理的な解決策、あるべき解決方法は、我々プロはもちろん、当事者もわかっているケースが殆どです。皆、兄弟は仲良くしたほうがいい、隣近所とも仲良くしたほうがいい、店子や地主とは仲良くしたほうがいい。交渉窓口に弁護士を立てたりすることや、調停や裁判はなるべく避けたほうがいい、時間と費用の無駄だ。と、それが分かっていても納得がいかないから問題なのです。そのような相談者に対して、「相手に譲ったほうが早期に解決し、時間の面でも費用の面でも結果的には有利ですよ。」と言っても、相談者は、そんなことは百も承知で、そんなアドバイスはプロに求めていないのです。
不動産売買に伴い、隣接土地の所有者と土地境界の立ち合いをしました。
現地には土地境界の標示もなく、参考となる資料もありません。しかし依頼者の記憶では昔はしかるべきところに石杭が設置されていたが、隣接地主が建物の建築に伴い、その石杭を撤去してしまったとのことです。そのことを隣接地主に主張しても、根拠となる資料はありませんし、当事の隣接地主は既に他界し、相続した長男はよくわかりません。現在の状況から客観的に判断したところを互いの地境としようと協議していたところ、依頼者はどうも納得しません。自らの確かな記憶では、あと5cm向こうです。何より、当時の隣接地主は強引なところがあり特に土地境界については腑に落ちない思いをずっと持ち続けていました。結局、依頼者は納得せず、境界の協議が整いませんでした。
たかが5cm、されど5cm、それにより減少する面積、金額は大きくありません。しかも土地境界の協議が整わなければ売買は成立しません。依頼者がその5cmを譲りさえすれば、すんなり協議は整い、取引も進みますが、依頼者だってそんなことは百も承知なのです。証拠はありませんが、依頼者の話をよくよく聞き、現地の状況も併せて考えると、おそらく依頼者の記憶が正しいのではないかと推測されます。プロとして客観的、合理的に考えれば、境界線を少し譲って取引を進めるほうに依頼者を説得しがちですが、このような場面では、依頼者を信じ、依頼者が納得するために、境界確定をするための法的手続きを進めることのほうが、時間と費用は掛かっても依頼者が納得した取引が進められることもあるのです。
この事例からも我々プロは経済合理性だけではなく、依頼者が、何を問題にし、どうすれば納得し、問題解決するか、常に創造性を働かせなければいけません。
と、偉そうな事を書いておりますが、事件は現場で起こっていますし、私たちの考え通りになかなか物事はすすみません。
「うばい合えば足らぬ、わけ合えばあまる。」皆、頭では理解しているんですけどね。
(著者:不動産コンサルタント 伊藤)