司法書士の事件簿~第9回「老朽化したアパートの建替えに伴う立退交渉」
【老朽化したアパートの建替えに伴う立退交渉】
今回は、老朽化したアパートの建替えに伴う、賃借人に対する立退交渉についてお話ししようと思います。
「立退き交渉」と聞くと、多くの方々は、「弁護士に依頼してやるものではないの?」と思われるのではないでしょうか。もちろん、弁護士に依頼することについては、全く問題はありませんが、事案によっては我々司法書士が依頼を受けて、大家さんの代理人として、賃借人と立退き交渉をすることもできるのです。
もっとも、我々司法書士がそのような業務を受任するには、第4回でご説明した、「認定司法書士」である必要があります。これは、訴訟の目的となる物の価額(訴額)が140万円を超えない請求事件について、弁護士とほぼ同様の活動をすることができる司法書士のことを指します。
【老朽化したアパートの「訴額」とは】
一方、建替えの必要があるような老朽化したアパートについては、当該アパート全体(建物のみ)の固定資産税評価額が都内であっても100万円~200万円程度であることが多く、しかも、2階建てで1階と2階に各3部屋ずつあるようなアパートを念頭に入れると、各部屋の専有面積に対応した価格は、上記評価額の6分の1程度となることから、上記「140万円」を超えるようなことはむしろ少ないともいえます。また、建物明渡についての「訴額」については、固定資産税評価額の1/2で算出されることからしても、老朽化したアパートの各居室について、賃借人と立退き交渉をする場合、認定司法書士が取り扱うことができる範囲は意外に多いともいえるでしょう。
【実際の立退交渉について】
立退交渉に臨むに際し、賃借人に賃料の支払い遅滞や、用法遵守義務違反等の解除事由があれば、賃借人に対する交渉は強気で行けます。「解除事由がなくならなければ、賃貸借契約を解除して、居室を明け渡してもらいます。」と法的に明確に主張できますし、場合によっては、訴訟を提起し、債務名義を取得して、強制執行までいくことも(費用の面はさておき)できます。
しかし、現実には、賃料の支払いに遅滞がなく、また、特段の用法遵守義務違反等もない(普通に暮らしている)場合も多く、このような場合、立退交渉については、「大家さん側からのお願い」という側面が前面に出てしまいますので、なかなか困難な部分があることは否めません。
このような場合は、結局のところ、賃借人に金銭的(立退料)に納得して頂いたうえで、立退きに応じてもらうしかないのですが、当然のことながら、大家さんも負担できる立退料には限度がありますし(できる限り抑えたいというのが当然の要望でしょう)、賃借人側は、自分に何らの落ち度がないのに、生活の拠点の移動を求められるという意味において、可能な限り高額の立退料を取得したいと考えるのもやむを得ないことでしょう。
私個人としては、双方がこのような利益状況にあることを前提に、丁寧な説明を心がけています。具体的には、書面での連絡のみならず、賃借人と直接面談し、かつ、立退料の内訳について詳細に説明し、場合によっては転居先の紹介等も行い、立退きに納得して頂くよう努めています。立退料の相場的なものについては、一概に言えるものではありませんが、私の一応の基準としては、
①転居にかかる初期費用(賃料・敷金・礼金・仲介手数料等)、②引越代及び③迷惑料の合計額を念頭に入れています。
このうち①及び②は、ある程度明確に算定できるので、後は、大家さんから提示された予算額をにらみながら、③で柔軟に対応するといったところでしょうか。
皆様におかれましては、同様の事態が生じた場合、是非とも我々司法書士の活用をお考え下さい。
(著者:司法書士 大谷)